東京地方裁判所 平成7年(行ウ)213号 判決 1998年5月13日
主文
一 被告東京上野税務署長が、原告らの平成二年五月一〇日相続開始に係る相続税について、いずれも平成五年七月一日付けでした各更正のうち、原告甲野花子については、課税価格四億四三五一万六〇〇〇円、相続税額二億〇七九五万〇七〇〇円を超える部分、原告甲野松子については、課税価格二億四三七五万三〇〇〇円、相続税額一億一一七三万三四〇〇円を超える部分及び原告らに対する各過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
二 原告らの被告東京上野税務署長に対するその余の請求及び原告甲野花子の被告浅草税務署長に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、三分し、その二を原告らの、その余を被告東京上野税務署長の各負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
一 被告東京上野税務署長が、亡甲野ハナの平成元年分の所得税について平成五年三月三日付けでした、原告らに対する各更正のうち、いずれも長期譲渡所得金額四億三八二五万七〇〇二円及び各納付すべき税額三五一八万三二〇〇円を超える部分及び各過少申告加算税賦課決定を取り消す。
二 被告浅草税務署長が、原告甲野花子の平成元年分の所得税について、平成五年三月三日付けでした更正のうち長期譲渡所得金額一億一六八七万三一一六円及び納付すべき税額二七二〇万二二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
三 主文一項と同旨
第二 事案の概要
本件は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)の平成元年分の所得税及び原告らが亡甲野ハナ(以下「亡ハナ」という)の相続人として負担すべき亡ハナの平成元年分の所得税に関する各更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求(以下「所得税関係」という。)及び亡ハナの相続に係る原告らの相続税に関する各更正及び過少申告加算税賦課決定の取消請求(以下「相続税関係」という。)からなる。
所得税関係においては、原告花子及び亡ハナ(以下「亡ハナら」と総称する。)が所有していた土地等の譲渡所得の計算における譲渡収入金額の計算の違法が、相続税関係においては、被相続人亡ハナの相続財産のうち平成八年法律第一七号による改正前の租税特別措置法六九条の四に規定する相続開始前三年以内に取得した土地等に係る評価の特例(以下「本件計算特例」という。)が適用される土地等の取得価額の認定の違法が税額に係る争点である。
なお、以下においては、国土利用計画法を「国土法」と、平成二年法律第一二号による改正前の所得税法を「所得税法」と、国税通則法を「通則法」と、租税特別措置法を「措置法」と、租税特別措置法施行令を「令」と略称し、平成三年法律第一六号による改正前の措置法三一条、三一条の四、三一条の五、平成五年法律第一〇号による改正前の措置法三五条、平成二年法律第一三号による改正前の措置法三七条及び平成四年法律第一四号による改正前の措置法六九条の三は、それぞれ「措置法」の下に、平成三年政令第八八号による改正前の令二五条四項及び平成八年政令第八三号による改正前の令四〇条の二は、それぞれ「令」の下に、各該当条文を記して表示することとする。
第三 争いのない事実等
一 本件に至る経過
1 原告花子は別紙物件目録一記載A及びBの土地を所有し、亡ハナは、右各土地に対する賃借権並びに同目録記載Cの土地及び右各土地上に所在する同目録記載Dの建物を所有していた(以下においては、各土地、建物を別紙物件目録一記載の英字符号を付した土地、建物として表記し、A土地、B土地及びC土地を「本件譲渡土地」と、A土地及びB土地に対する賃借権を「本件譲渡借地権」という。)。
2 亡ハナらは、平成元年三月二三日、訴外株式会社ヤマハ企画(以下「ヤマハ企画」という。)に対して、本件譲渡土地、本件譲渡借地権及びD建物(以下「本件譲渡資産」という。)を総額七億三三一三万円(内訳は、A土地及びB土地の所有権(底地価格)が一億二四四三万四二九〇円、本件譲渡借地権及びC土地が合計六億〇八六九万五七一〇円。なお、D建物は無価値と評価した。)で売買する旨の契約を締結した。
ヤマハ企画は、同日、<1>亡ハナらに対して、別紙物件目録二記載甲の土地(以下「本件取得土地」又は「甲土地」という。)を、亡ハナ持分四分の三、原告花子持分四分の一の割合で、代金を三億五七〇〇万円にて、<2>亡ハナに対して、同目録記載乙の土地(以下「乙土地」という。)に対する賃借権(以下「本件取得借地権」という。)及び同目録記載丙の建物(以下「丙建物」という。)を、代金七七〇〇万円にて、それぞれ売買する旨の契約を締結した(以下においては、本件取得土地、本件取得借地権及び丙建物を「本件取得資産」といい、このうち亡ハナの取得した部分を「亡ハナ取得資産」という。)。
亡ハナら及びヤマハ企画は、同日、右各売買契約の履行を行い、右各契約代金の相殺差金として、ヤマハ企画から二億九九一三万円の小切手が亡ハナらに交付された(以下においては、この小切手に係る金銭を「本件差金」といい、本件譲渡資産及び本件取得資金の各売買契約及び本件差金の授受からなる行為を「本件取引」と総称する。)。
3 本件取引に先立つ昭和六三年一一月四日、本件譲渡資産の売買に関して、譲渡予定総額を八億五三九二万円とする国土法二三条一項所定の届出書が東京都台東区長に提出されたが、国土法二四条に基づく勧告を受けたため、同月二一日、譲渡予定総額七億三三一三万七六六四円(A土地及びB土地の底地権八三〇八万〇五三六円(一平方メートル当たり一五四万七七〇〇円)、A土地及びB土地の借地権三億三一七〇万四七七〇円(一平方メートル当たり六一七万九二九九円)、C土地の所有権三億一八三五万二三五八円(一平方メートル当たり七七二万六九九九円))として再度の届出の変更書が提出され、これに対しては不勧告の通知がされた。
4 亡ハナは、平成元年五月八日、東京都から乙土地に対する所有権(底地権)を一六〇六万七六一〇円で取得した。
5 丙建物は、平成元年一二月二〇日、取り壊された。
6 亡ハナは、平成二年五月一〇日に死亡した。原告らは、亡ハナの養子であり、亡ハナの権利義務をそれぞれ二分の一ずつ承継した。
二 課税経過
1 所得税関係
(一) 亡ハナは、平成二年三月一四日、平成元年分の所得税として、本件譲渡資産のうち亡ハナ所有に係るものの譲渡価額を六億〇八六九万五七一〇円、分離長期譲渡所得金額を四億三八二五万七〇〇二円、申告納税額を七〇三六万六四〇〇円とする確定申告書を提出した。右確定申告書には、措置法三一条の四、三五条及び三七条を適用した旨の記載があり、譲渡所得計算明細書、譲渡内容についてのお尋ね、買換承認申請書等が添付されていた。
また、原告花子は、同日、同年分の所得税として、本件譲渡資産のうち原告花子所有に係るものの譲渡価額を一億二四四三万四二九〇円、分離長期譲渡所得金額を一億一六八七万三一一六円、申告納税額を二七二〇万二二〇〇円として、確定申告をした。
(二) 被告東京上野税務署長は、平成五年三月三日付けで、亡ハナの平成元年所得税の総所得金額、分離長期譲渡所得金額及び納付すべき税額を別表1の1の「更正・賦課決定」の区分の項のとおりとし、被告浅草税務署長は、同日付けで、原告花子の平成元年分所得税の総所得金額、分離長期譲渡所得金額及び納付すべき税額を別表1の2の「更正・賦課決定」の区分の項のとおりとし、亡ハナの所得税についてはその相続人である原告らに対して、原告花子の所得税については同原告に対して、右各該当欄記載のとおり、それぞれ、更正及び過少申告加算税賦課決定をした。
(三) 右(二)記載の各更正及び過少申告加算税賦課決定に対する不服の経過は、別表1の1、2の各該当欄記載のとおりであり、原告らは、平成七年七月二一日、本件訴えを提起した。
2 相続税関係
(一) 亡ハナの相続に係る相続税として、平成二年一一月八日、原告花子は、課税価格を四億四三五一万六〇〇〇円、納付すべき税額を二億〇七九五万〇七〇〇円として、原告甲野松子は、課税価格を二億四三七五万三〇〇〇円、納付すべき税額を一億一一七三万三四〇〇円として、それぞれ確定申告をした。
(二) 被告東京上野税務署長は、平成五年七月一日、課税価格、納付すべき税額及び過少申告加算税を、原告花子については別表2の1の「更正・賦課決定」の区分の項のとおりとし、原告甲野松子については別表2の2の「更正・賦課決定」の区分の項のとおりとして、それぞれ更正及び過少申告加算税賦課決定をした。
(三) 右(二)記載の各更正及び過少申告加算税賦課決定に対する不服の経過は、別表2の1、2の各該当欄記載のとおりであり、原告らは、平成七年七月二一日、本件訴えを提起した。
なお、以下においては、所得税関係及び相続税関係の各更正及び各賦課決定に対応する各被告を単に「被告」と記載する。
三 被告らの主張する課税根拠
1 所得税関係(分離長期譲渡所得に関する更正の根拠)
亡ハナらに対する所得税の課税標準及び税額の計算は、別表3及び4記載のとおりであり、分離長期譲渡所得の金額及びこれに対する税額以外は争いがない。 (一) 本件取引の性質及び本件取得資産の価額
本件譲渡資産の譲渡及び本件取得資金の取得に関する本件取引は不可分一体の取引であり、亡ハナらは、本件譲渡資産の対価として、本件取得資産及び本件差金を取得したものであり、六億三七五〇万円(一平方メートル当たり七五六万二二七七円)をもって、本件取得土地の本件取引当時の適正な時価と解し、本件取得土地の単価に地積を乗じ、借地権割合〇・七を乗じた一億四〇七〇万円をもって本件取得借地権価額とし(丙建物は評価外とした。)、以上から、本件取得資産及び本件差金の合計額は一〇億七七三三万円(以下「被告主張譲渡収入金額」という。)と認めた。
(二) 亡ハナの分離長期譲渡所得に関する更正の根拠
(1) 本件取引の当時、亡ハナの本件譲渡借地権はその所有期間が一〇年を超えるものであった。一方、C土地については、もともとC土地に係る借地権を有していた亡ハナが後にその底地権を取得したものであって、右借地権については、その所有期間が一〇年を超えていたが、右底地権については、その所有期間が一〇年を超えていなかった。このため、C土地に係る借地権及びその底地権を別々に譲渡したものと評価することとした(以下、本件譲渡借地権とC土地に係る借地権を「本件譲渡土地に係る借地権」という。)。また、本件譲渡土地に係る借地権及びC土地の底地権には居住用部分と事業用部分が存した。なお、D建物は無価値として評価する。
そこで、<1>本件譲渡土地に係る借地権のうち居住用部分の譲渡については措置法三一条の四第一項に該当する譲渡として、<2>本件譲渡土地に係る借地権のうち事業用部分の譲渡については措置法三七条に該当する譲渡として、<3>C土地の底地権の居住用部分の譲渡については措置法三五条一項に該当する譲渡として、<4>右底地権の事業用部分の譲渡については措置法三一条に該当する譲渡として区分して譲渡所得の金額を計算する。
(2) 本件譲渡土地に係る借地権のうち居住用部分の譲渡所得金額は、次のaの譲渡収入金額からb及びcの金額を控除した五億一九七九万八六七四円である。
a 譲渡収入金額
五億四八二二万七八一七円
被告主張譲渡収入金額に借地権割合〇・七及び居住用割合一二〇・一五分の八七・三四五を乗じた金額
b 取得費 二七四一万一三九〇円
aの金額に一〇〇分の五を乗じた金額(措置法三一条の五第一項)
c 譲渡費用 一〇一万七七五三円
本件譲渡資産の譲渡に要した弁護士費用二〇〇万円をaの金額の被告主張収入金額に対する割合をもって按分した金額
(3) 本件譲渡土地に係る借地権のうち事業用部分の譲渡所得金額は、次のaの譲渡収入金額からb及びcの金額を控除した三九〇四万五一五六円である。
a 譲渡収入金額
四一一八万〇六三六円
被告主張譲渡収入金額に借地権割合〇・七及び事業用割合一二〇・一五分の三二・八〇五を乗じた算出した譲渡価額が買換資産の取得価額以下であるから、右譲渡価額に一〇〇分の二〇を乗じた金額(措置法三七条一項、令二五条四項)
b 取得費 二〇五万九〇三一円
aの金額に一〇〇分の五を乗じた金額(措置法三一条の五第一項)
c 譲渡費用 七万六四四九円
本件譲渡資産の譲渡に要した弁護士費用二〇〇万円をaの金額の被告主張譲渡収入金額に対する割合をもって按分した金額(弁護士費用二〇〇万円にaの説明中の譲渡価額の被告主張譲渡収入金額に対する割合を乗じ、その積三八万二二四七円に一〇〇分の二〇を乗じた金額)
(4) C土地の底地権の居住用部分の譲渡所得金額は、次のaの譲渡収入金額からbないしdの金額を控除した六六七三万四三九五円である。
a 譲渡収入金額
一億〇二〇二万五〇五一円
被告主張譲渡収入金額に底地権割合〇・三、C土地面積の本件譲渡土地面積に占める割合及び居住用割合一二〇・一五分の八七・三四五を乗じた金額
b 取得費 五一〇万一二五二円
aの金額に一〇〇分の五を乗じた金額(措置法三一条の五第一項)
c 譲渡費用 一八万九四〇四円
本件譲渡資産の譲渡に要した弁護士費用二〇〇万円をaの金額の被告主張譲渡収入金額に対する割合をもって按分した金額
d 特別控除額 三〇〇〇万円
措置法三五条一項一号によるもの
(5) C土地の底地権の事業用部分の譲渡所得金額は、次のaの譲渡収入金額からb及びcの金額を控除した三六三三万一四六六円である。
a 譲渡収入金額
三八三一万八五二八円
被告主張譲渡収入金額に底地権割合〇・三、C土地面積の本件譲渡土地面積に占める割合及び事業用割合一二〇・一五分の三二・八〇五を乗じた金額
b 取得費 一九一万五九二六円
aの金額に一〇〇分の五を乗じた金額(措置法三一条の五第一項)
c 譲渡費用 七万一一三六円
本件譲渡資産の譲渡に要した弁護士費用二〇〇万円をaの金額の被告主張譲渡収入金額に対する割合をもって按分した金額
(6) 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額は、通則法一一八条一項に規定する端数処理を前提として、(2)記載の譲渡所得金額について、措置法三一条の四第一項の規定により算出される四〇〇万円と(2)記載の譲渡所得金額から四〇〇〇万円を控除した金額の一〇〇分の一五に相当する金額との合計額七五九六万九七〇〇円及び(3)ないし(5)記載の譲渡所得金額について措置法三一条一項二号の規定により算出される八〇〇万円と(3)ないし(5)記載の譲渡所得金額の合計額から四〇〇〇万円を控除した金額の一〇〇分の二五に相当する金額二五五二万七五〇〇円との合計額三三五二万七五〇〇円を合算した一億〇九四九万七二〇〇円である。
(7) 右によれば、亡ハナは、平成元年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたもので、通則法六五条四項の正当な理由もないから、同条一項、同法一一八条三項の規定に基づき計算すると、過少申告加算税は一八九万円となる。
(三) 原告花子の分離長期譲渡所得に関する更正の根拠
(1) 原告花子の、譲渡した資産は、A土地及びB土地の底地権であり、その譲渡所得金額は、次のaの譲渡収入金額からbないしdの金額を控除した一億七二三七万三一九〇円である。
a 譲渡収入金額
一億八二八五万五四二一円
被告主張譲渡収入金額に底地権割合〇・三及びA土地及びB土地の面積の本件譲渡土地面積に占める割合を乗じた金額
b 取得費 九一四万二七七一円
aの金額に一〇〇分の五を乗じた金額(措置法三一条の五第一項)
c 譲渡費用 三三万九四六〇円
本件譲渡資産の譲渡に要した弁護士費用二〇〇万円をaの金額の被告主張譲渡収入金額に対する割合をもって按分した金額
d 特別控除額 一〇〇万円
措置法三一条四項によるもの
(2) 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額は、(1)記載の譲渡所得金額について措置法三一条一項二号の規定に基づき、八〇〇万円と(1)記載の譲渡所得金額から四〇〇〇万円を控除した金額の一〇〇分の二五に相当する金額との合計額四一〇九万三二五〇円である。
(3) 右によれば、原告花子は、平成元年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたもので、通則法六五条四項の正当な理由もないから、同条一項、同法一一八条三項の規定に基づき計算すると、過少申告加算税は六六万七〇〇〇円となる。
2 相続税関係
亡ハナの相続において原告らが取得した財産及び債務の内容及び金額は別表5の1記載のとおりであり、土地等の明細は別表6記載のとおりである。このうち亡ハナ取得資産(甲土地のハナ持分、本件取得借地権)及び乙土地底地権のうち事業用部分(別表6符号5、6)以外の財産及び課税価格については、当事者間に争いがなく、債務の額(別表5の1順号8、9、10)のうち、所得税関係における亡ハナに対する更正に対応するもの以外のものの金額については当事者間に争いがない。
(一) 本件計算特例は、個人が相続により取得した財産で相続開始前三年以内に被相続人が取得した土地等(被相続人の居住の用に供されていた土地等、一定の要件に該当するものを除く。)がある場合には、相続税法一一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は、同法二二条の規定にかかわらず、その土地等の取得価額によるとするものであり、この土地等の取得価額は、土地等にあっては、土地等の取得に要した金額及び改良費の合計額とされている(令四〇条の二第三項)。
亡ハナ取得資産及び乙土地の底地権は、いずれも相続開始前三年以内に取得されたものであるから、本件計算特例の適用があり、右の取得につき改良費の出捐はなかったから、相続税の課税価格に算入すべき価額は、その取得に要した金額となる。
(二) 本件取得資産の取得に要した金額は、本件取得土地の価額六億三七五〇万円及び本件取得借地権の価額一億四〇七〇万円の合計額である七億七八二〇万円と一致する。
そうすると、亡ハナ取得資産の取得価額は、本件取得土地の価額六億三七五〇万円に持分割合四分の三を乗じた四億七八一二万五〇〇〇円と本件取得借地権の価額との合計額である六億一八八二万五〇〇〇円となり、これに乙土地底地権の取得価額一六〇六万七六一〇円を加算した六億三四八九万二六一〇円が亡ハナ取得資産及び乙土地底地権の取得価額となる。
したがって、右取得価額に亡ハナの事業の用に供されていた部分の割合六九二・六七分の六一九・七四を乗じて算出した金額五億六八〇四万五八八九円が別表6符号6記載の事業用部分の取得価額となり、これに措置法六九条の三第一項一号に規定する一〇〇分の四〇を乗じた二億二七二一万八三五六円が右部分の価額となる。
(三) 右によれば本件相続に係る課税価格は別表5の1記載のとおりとなり、相続税法一五条ないし一七条及び一九条の三の各規定に基づき、原告らの納付すべき税額を計算すると(別表5の2参照)、別表5の1順号16のとおりとなる。
(四) 以上により、算出した税額は、いずれも相続税関係の各更正の額を上回るから、右各更正は適法であり、また、原告らに税額を過少に申告していたことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、同条一項、同法一一八条三項の現定に基づき、右各更正により新たに納付すべきこととなった税額に一〇〇分の一〇を乗じた金額が過少申告加算税額となるから、右各金額による過少申告加算税の各賦課決定も適法である。
第四 争点及び当事者の主張
一 亡ハナの所得税に関する各更正の理由附記の要否及び亡ハナらに対する更正の理由変更の可否(所得税関係)
1 原告らの主張
(一) 亡ハナは、生前、個人の所得税について東京上野税務署長から青色申告の承認を受けており、亡ハナの本件譲渡資産に関する譲渡所得の申告は青色申告によって行われた。そして、青色申告は各種所得ごとにされるものではなく納税者についてされるのであり、理由附記の対象には譲渡所得を含む総所得金額の更正も含まれ、ただ、これが「不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額以外の各種所得の金額の計算」(所得税法一五五条一項)についての誤りがあったことのみに基因する場合が除外されるにすぎないから、理由附記の趣旨に照らして、その例外となるのは、理由附記なしで理由附記の制度目的を達成することができる場合に限定するべきである。
しかし、亡ハナの譲渡資産の所得に関する更正は右例外に該当するものではなく、右更正には、「調査しましたところ」として更正の結論が示されているのみで、本件譲渡資産の譲渡価額の算定理由は明らかでないから、右更正は理由の附記を欠く違法なものである。
(二) 本件譲渡資産の時価に関する被告の主張は、所得税関係に係る亡ハナらに対する本件各更正では明らかではなく、その後、本件取得資産の価額と本件差金との合計額であるとしながら、本件取得資産の時価を、異議決定では八億〇七五〇万円、裁決では八億一五六三万一七八二円、本件訴訟の主張では七億七八二〇万円としているが、かかる理由の変遷は理由附記の趣旨に沿わないばかりか、原告らの訴訟上の防御を困難ならしめ、訴訟の長期化という不利益を与えていることを考慮すれば、このような理由の変更は許されない。
2 被告の主張
(一) 青色申告以外の申告について更正をする場合には、理由附記は法律上の要件とされていない。そして、個人の所得で青色申告が承認されるのは、不動産所得、事業所得及び山林所得を生ずべき業務に係る場合に限られており(所得税法一四三条)、本件で亡ハナの所得税についての更正の基因となった所得は分離課税の長期譲渡所得であるから、これに対して青色申告が承認されることはあり得ない。
(二) 課税処分の審理の対象は、処分時に客観的に存在した税額を処分に係る税額が上回るか否かを判断するために必要な事項のすべてに及ぶのであり、税額を算出する根拠となる事実は攻撃防御の方法にすぎないから、当該処分に係る税額の適法性を維持するために訴訟の段階で課税の根拠に係る新たな主張をすることも当然許される。
二 本件譲渡資産の譲渡の対価(所得税関係)
1 被告の主張
(一) 本件においては、<1>本件取得資産の取得及び本件差金の交付は、本件譲渡資産の譲渡の交渉過程において原告花子の夫であった乙山太郎(以下「太郎」という。)が亡ハナらの代理人として要求したものであり、亡ハナらとヤマハ企画との間で、本件取得資産及び本件差金を本件譲渡資産の対価として、各契約が締結されたこと、<2>太郎が代替地の要求をした後、本件取引に至るまで、亡ハナらは本件譲渡資産及び本件取得資産の各価額についてヤマハ企画と交渉したことはなかったこと、<3>本件譲渡資産と本件取得資産を等価で交換する旨の確約書は、太郎の確認を得て作成されたものであること、<4>本件譲渡資産の売買代金額は、国土法との関係で不勧告となりそうな届出価額として決定されたもので、本件取得資産の価額も右届出価額から本件差金の額を控除して決められたものにすぎないことが認められるのであって、これらの事情に照らせば、本件譲渡資産の譲渡と本件取得資産の取得に関する取引は、不可分一体の補足金付交換契約というべきである。
(二) したがって、本件譲渡資産の譲渡による所得(所得税法三三条一項)は、その対価である本件取得資産及び本件差金の合算額である。そして、本件取得資産の価額は、本件取得土地については、これをヤマハ企画に売却したマルカワ商事株式会社(以下「マルカワ商事」という。)の購入金額六億三七五〇万円、本件取得借地権については、右価格に借地権割合〇・七を乗じて算定した単位面積当たりの価格に地積を乗じた一億四〇七〇万円と解すべきである。
2 原告らの主張
(一) 次の事実経過に照らして、本件譲渡資産に係る売買契約及び本件取得資産に係る売買契約が関連しており、取引として対価的にバランスのとれたものであるということはできるが、これは各契約の動機ないし背景にすぎず、各契約は、その形式においても関係当事者の認識においても、それぞれ別個に締結された独立の契約である。そして、当事者の客観的意思において個別の売買であるものを税法上別異と認定することは、不意打ちを容認することとなり、租税法律主義に反する。
(1) 本件取引については、ヤマハ企画が株式会社トップアソシエイツ(以下「トップアソシエイツ」という。)の専務取締役であった佐藤忠宏(以下「佐藤」という。)に本件譲渡資産の取得を依頼し、昭和六二年ころより、太郎が佐藤と交渉するようになったが、交渉の当初においては、亡ハナが本件譲渡資産に強い愛着を有しており、亡ハナの側に売却の意思はなかったところ、その後の周辺の地上げの進行による環境の悪化から、亡ハナの側としても適当な代替地の取得ができるのであれば、本件譲渡資産の売却もやむなしと考えるに至った。
(2) 昭和六三年初秋ころ、佐藤は本件取得土地を代替地として提示したが、太郎は地形が悪いことを指摘し、本件取得借地権と併せて取得できるのであれば、本件譲渡資産の売買交渉に応ずる可能性があることを示した。
(3) その後、佐藤は、本件取得資産を確実に取得するため準備に時間を要したが、本件取得資産の代価を六億三七五〇万円とする亡ハナらと丸紅不動産株式会社(以下「丸紅不動産」という。)との売買契約書が亡ハナらの了解の下に作成されたことはなく、ヤマハ企画が本件取得資産の取得のためにいかなる価額でどのような方法を取るかについて太郎が関与したことはない。
(4) 本件譲渡資産の代金は、国土法の届出に基づいて総額七億三三一三万円と合意され、この金額を前提に譲渡所得税を試算し、太郎において、本件取得土地の価額を三億五七〇〇万円、本件取得借地権付建物の価額を七七〇〇万円とすることを佐藤に提案し、これにヤマハ企画が同意して、本件取得資産の価額が確定したものである。この間、亡ハナらの代理人であった今井重男弁護士(以下「今井弁護士」という。)が本件金員取得の申出をしたり、本件取引における代金額を申し出たこともない。
(5) ヤマハ企画にとって、本件譲渡土地の取得が是非とも必要であったこと、そのためにヤマハ企画において積極的に取引条件を提示したこと、バブル経済の絶頂期にあった本件取引当時には、地上げの一環として仕入価額を下回る価額で土地の譲渡を行うということが合理性を持つという事態が十分に起こり得たのであって、本件取得資産の代金額がヤマハ企画の購入価額を下回ったとしても、その故に、本件取引の性質を一体的なものと解する理由にはならない。
(6) 以上の経過を経て、平成元年三月二三日、亡ハナらからヤマハ企画へ本件譲渡資産を譲渡する旨の売買契約書、ヤマハ企画から亡ハナらに対して本件取得土地を売却する旨の売買契約書、ヤマハ企画から亡ハナらに対して本件取得借地権付建物を売却する旨の売買契約書を各別に作成し、各契約締結直後に、太郎は、本件譲渡資産の代金から本件取得資産の代金を控除した差額二億九九一三万円に相当する小切手の交付を受け、各売買代金は相殺され、各売買契約に対応した領収書が授受された。
(二) 右のとおり、本件取引は、本件譲渡資産及び本件取得資産に関する各別の売買契約からなるものであって、一体不可分の補足金付交換契約と解することはできないから、本件譲渡資産の対価は契約金額そのものと解すべきであり、本件取得資産の価額及び本件差金の額の合算額と解すべきではない。
また、国土法の定めにより、本件譲渡資産を不勧告価額以上で売却することは許されないのであるから、不勧告価額に適合するように定められた本件譲渡資産の売買契約書記載の価額をもって譲渡価額とすべきものである。
そして、本件取引が対価的にバランスのとれたものであること及び本件譲渡資産の代価は右不勧告価額に従うべきことからすれば、本件取得資産の価値は不勧告価額に従った本件譲渡資産の譲渡代金額七億三三一三万円から本件差金の額二億九九一三万円を控除した四億三四〇〇万円となるのであって、本件取引は本件取得資産の時価を圧縮した取引ではなく、本件譲渡資産の対価は本件取得資産の代価と本件差金の額との合計額である契約金額となるのである。
なお、被告は、本件取引に先行する本件取得土地の取引価額をもって本件取得資産の価額を算定するが、当時の経済情勢の下において、マルカワ商事の購入価額等は時価を示すものではなく、本件取得資産の公示価格を基準として本件取引当時の時価を算定すれば、本件取得資産の価額は四億五一八二万三四二五円となるのであり、本件譲渡土地と本件取得土地とがほぼ同等であるとすることもできないのである。
なお、仮に、本件取得資産の価額が被告の主張するとおり七億七八二〇万円であるとしても、本件取得資産の時価を知り得ない亡ハナらの立場からは、本件取得資産の近隣土地の平成元年一月一日の公示価格の各相続税路線価に対する割合を本件取得資産の路線価に乗じ、本件取引時までの時点修正を加えて算定した本件取得資産の価額四億五一八二万三四二五円と売買価格との差額の利益を得たというべきであり、右各価額の乖離は本件取得資産の公示価格ベースによる評価額の三・九パーセント程度であって、かかる利益は、取引上、無視すべきものである。
(三) また、本件取引により、亡ハナが本件譲渡資産の時価を上回る経済的利益を得たとしても、これは法人からの贈与により取得する金品として一時所得になるべきものであり(所得税基本通達三四-1-(5))、譲渡所得を増加させるものではない。
三 本件取引への本件計算特例の適用(相続税関係)
1 被告の主張
(一) 本件取引は、既に述べたとおり、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換取引である。
(二) 租税法律主義の一内容に課税要件明確主義があるが、法を客観的、合理的に解釈したときに、租税の種類、課税根拠、課税要件を定めた規定として一般的に是認し得るものであれば、租税法律主義に反するものではない。本件計算特例における「取得に要した金額」の意義が当該財産を取得するために現実に出捐した金額を意味することは文言上明らかであり、本件計算特例を交換に適用する場合であっても、交換取得資産の取得に要した金額が現実に出捐された交換譲渡資産の金額を意味することも明らかである。そして、交換譲渡資産の金額を交換譲渡資産につき当事者間で実現した価額(実現価額)と解するか交換譲渡資産の時価と解するかは法解釈の問題であり、右実現価額の検証方法が多様であることはある程度の幅をもった範囲内での価額として観念される土地等の価額についての認定方法の問題であり、いずれも租税法規の一義性・明確性を害するものではない。
(三) したがって、本件計算特例は本件取引についても適用がある。
2 原告らの主張
(一) 本件取引は、各個別の売買契約と代金相殺からなるのであって、本件取得資産の取得に要した金額は売買契約における代金額である。
(二) 仮に、補足金付交換取引であるとしても、交換に本件計算特例を適用する場合の被告の主張は、取得価額の意義につき「実現価額」なる不文の概念を持ち込むばかりか、予備的に「時価」概念を主張するなど一義性を欠き、その取得価額の意義を明らかにするために長期間における主張の変遷をみたものである。しかも、本件計算特例の適用において、負担付贈与の場合には、負担額に相当する部分についてのみ本件計算特例を適用し、その余の部分は一般の評価によるのに対して(租税特別措置法通達六九の四-一一)、低額譲受けの場合には、被告の主張によれば、当該取引に係る財産につき本件計算特例の適用を全面的に否定することになる。このような不均衡が生ずることも考えれば、少なくとも交換取引又は低額譲受けに本件計算特例を適用することは、課税要件明確主義に反するものである。
四 亡ハナがその取得資産の「取得に要した金額」はいくらか(相続税関係) 1 被告の主張
(一) 交換により取得した資産の「取得に要した金額」とは、交換譲渡資産の金額である。
そして、取得のために現実に出捐した金額により課税するという本件計算特例の趣旨からすれば、売買においては当事者が合意した代金額が取得に要した金額であるのと同様に、交換による取得においては交換譲渡資産につき当事者間で客観的に実現した価額を意味するものである。これは、多くの場合、そのものの時価に等しい。
本件においては、本件譲渡資産そのものの金額を検証することから実現価額を認めることが困難であるところ、本件譲渡資産の価値は本件取得資産の価額及び本件差金の額の合計額と対価的バランスを有するものであるから、本件譲渡資産の実現価額は本件取得資産の価額及び本件差金の額との合計額から算定することが可能であり、右取得資産の価額については評価時点に近接した時期の売買実例価額をもって算定することができる。すなわち、本件取得土地については、丸紅不動産からマルカワ商事、マルカワ商事からヤマハ企画への売買実例、一旦は締結されようとした丸紅不動産から亡ハナらへの売買が存在し、太郎が作成した買付証明書に記載された金額等をも考慮すれば、丸紅不動産からマルカワ商事への譲渡価額である六億三七五〇万円を適正な時価とすることができる。
よって、本件譲渡資産の実現価額は、本件取得土地の時価六億三七五〇万円に本件取得借地権の価額一億四〇七〇万円及び本件差金の額二億九九一三万円を加算した一〇億七七三三万円となり、本件取得資産の取得に要した金額は、右実現価額から本件差金の額を控除した七億七八二〇万円となる。
(二) 仮に、交換取得資産の取得に要した金額を交換譲渡資産の時価で算定すべきであるとしても、本件譲渡資産の価額は、本件取得資産の価額及び本件差金の額との合計額と対価的バランスを有すると解されるから、本件取得資産の価額七億七八二〇万円に本件差金の額二億九九一三万円を加算した一〇億七七三三万円となるのである。
(三) この点につき、原告らは、本件譲渡資産の価値は本件取得資産の価額及び本件差金の額との合計額と対価的バランスを有すること及び本件譲渡資産の時価は七億三三一三万円であることから、本件取得資産の取得に要した金額は、七億三三一三万円から本件差金の額を控除した四億三四〇〇万円であるとする。しかし、原告らの主張する本件譲渡資産の時価は国土法の不勧告通知に係る金額にすぎず、これが時価に等しいとはいえず、本件取引当時において不勧告価額を超えた取引がされていたことは明らかであり、公示価格が常に時価と一致するものではなく、本件取引時には公示価格と時価との乖離が生じていたことから、公示価格から本件取得資産の価額を評定することは理由がなく、また、本件取得資産に関する本件取引における売買契約価額が本件取得資産の不勧告価額から決定されたものであって、これを根拠となし得ないことは既に述べたとおりである。
(四) したがって、亡ハナ取得資産の取得に要した金額は、第三、三、2、(二)に記載したとおり六億一八八二万五〇〇〇円となり、これに乙土地の底地権の価額を加算した金額は六億三四八九万二六一〇円となる。
2 原告らの主張
(一) 亡ハナ取得資産の価額とは、亡ハナ取得資産の対価の額、右取得のための仲介手数料等の額及び亡ハナ取得資産の改良費の額の合計額であるところ、仲介手数料等及び改良費の支出はないから、結局、取得の対価の額のみとなる。
(二) 本件取引においては、対価的バランスがとれているから、本件取引を補足金付交換契約と解するときは、本件取得資金の取得価額は本件譲渡資産の実現価額から本件差金の額を控除したものであり、本件譲渡資産の実現価額とは本件取得資産の実現価額を基礎とすることになるが、いわゆるバブル経済期における異常な価格又は地上げ価格であるマルカワ商事の購入価額をもって、算定基礎とすべきではない。しかも、被告がマルカワ商事の購入価額を適正であることの一根拠とする亡ハナらと丸紅不動産間の六億三七五〇万円での取得資産の売買なるものに亡ハナらは関与していないうえ、本件取得資産の公示価格を基準として時価を算定しても、本件取得資産の価額は四億五一八二万三四二五円であるから、本件取得資産の客観的価額は、右金額又はこれと近似した本件取引における売買契約金額であると解すべきである。
(三) そして、被告の論理によっても、本件譲渡資産の価値は国土法の不勧告価額に近似するものと解すべきであるから、これを七億三三一三万円とみるならば、本件取引においては、右金額から本件差金の額を控除した四億三四〇〇万円をもって本件取得資産の取得価額と解すべきことになる。すなわち、本件譲渡資産の時価に基づいて取得資産の「時価」を算定しても、右同様の結果となるほかないのである。
また、被告の主張は、本件取得資産の価額が七億七八二〇万円であることを前提とするが、マルカワ商事の購入価額が本件取引においても維持されていたとの事実及びマルカワ商事が本件取得資産を他に右金額で売却可能であったことについては何らの立証もない。
(四) したがって、本件取得資産のうち亡ハナ取得資産の取得に要した金額は、本件取得土地の代金に亡ハナの持分を乗じた二億六七七五万円と取得借地権代金七七〇〇万円とを合算した三億四四七五万円となる。
第五 証拠《略》
第六 争点に関する判断
一 本件取引の経過
《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
1 本件取引は、昭和六二年初めころ、本件譲渡土地の周辺の土地の地上げをしていたヤマハ企画の依頼を受けたトップアソシエイツの役員であった佐藤及び地元不動産業者である神定孝行が本件譲渡資産の購入方の交渉に訪れ、太郎が亡ハナらの代理人としてその交渉に当たったことから始まり、太郎と佐藤との間で交渉が進められた。
当時、亡ハナはD建物に居住しており、愛着もあったことから、売却の意思はなく、太郎としても、坪当たり五〇〇〇万円あるいは六〇〇〇万円という金額を示して売却意思がないことを表明した。
2 しかし、周辺土地の地上げが進行し、本件譲渡資産周辺の居住環境が悪化し、本件譲渡資産が地上げ対象範囲の重要な部分を占めており、ヤマハ企画の購入意思も強かったことから、亡ハナらは、適切な代替資産があり、譲渡価額をもって代替土地及び代替建物の建築費用及び税金を支払ってなお利益のある価額で譲渡できるならば譲渡に応ずる旨の意向を、太郎を通して、佐藤に対して表明した。
3 昭和六三年に入ってから、佐藤は、亡ハナらの意向を受けて、本件譲渡土地の代替地として本件譲渡土地と同一の路線に面し、相互の距離が一二〇メートル程度であった本件取得土地を提示したが、太郎は表通りに面する間口が狭いことから難色を示し、本件取得借地権対象地と共に一体的に取得し、利用することができれば、代替地となり得る旨の意向を示した。
4 昭和六三年五月ころ、太郎は、佐藤の求めにより、丸紅不動産が本件取得資産を他に売却しないよう、代金を六億三七五〇万円とする丸紅不動産に対する本件取得土地の買付証明書を亡ハナの名義で作成した。なお、亡ハナらの捺印はないが亡ハナらが丸紅不動産から本件取得土地を購入する旨の昭和六三年六月一七日付けの不動産売買契約書(乙第一号証添付資料)が存在するが、これは交渉の過程で佐藤が作成したものであり、亡ハナら又は太郎が右契約書の作成に関与したことはなかった。
5 このころ、太郎は、佐藤に対して、丙建物の明渡しができる状態になれば、亡ハナが本件譲渡資産の譲渡に応ずる可能性がある旨を告げた。
佐藤は、本件取得土地及び本件取得借地権の取得に努めた。太郎としては、本件取得資産と本件譲渡資産とはほぼ見合った価値であると認識していた。また、交渉に当たった佐藤の認識においても、土地としての利用価値は本件譲渡土地よりも代替地(甲土地及び乙土地)の方が高かった。
なお、この点につき、太郎は、その証人尋問において、原告代理人の質問により譲渡資産の方が価値が高かったと証言を変更し、同趣旨の陳述書を提出しているが、その趣旨は、本件譲渡資産の代価をもって代替土地及び代替建物の建築費用及び税金を支払ってなお利益のある価額とならなければ売却する意思がなかったという主観的な価値をいうものであって、客観的な交換価値において、甲土地及び乙土地が本件譲渡土地を下回るものであったとするものではなく、右認定を覆すに足りるものではない。
6 本件取得土地は、昭和六三年八月一日、丸紅不動産からマルカワ商事へ代金六億三七五〇万円(一平方メートル当たり七五六万二二七七円)で売却され、平成元年三月二三日、マルカワ商事からヤマハ企画が代金七億一四〇〇万円(一平方メートル当たり八四六万九〇〇〇円)で取得した。また、ヤマハ企画は、平成元年二月二八日、丙川夏夫から本件取得借地権付の丙建物を代金一億七〇〇〇万円(建物価格を無視し、借地権割合を〇・七とするときは、一平方メートル当たり九一三万六〇〇〇円)で購入取得した。
7 前記のとおり、本件取引に先立つ、昭和六三年一一月二一日、本件譲渡土地については、更地一平方メートル当たり七七二万六九九九円として国土法の届出がされ、不勧告の通知がされた。
8 本件譲渡資産の価額については、国土法の制約があったことから、国土法によって許容される上限額と解される総額七億三三一三万円をもって、譲渡価額を決めることとなったが、太郎としては、右譲渡価額を取得することのみを目的として本件譲渡資産を売却するという意思はなく、代替地である甲土地及び乙土地の借地権の取得があったが故に本件各契約を締結したものであり、地上げを急ぐヤマハ企画に対して亡ハナらが本件取引の進行に関するイニシヤティヴを持っていたことから、契約の形式については、亡ハナらにおいて本件譲渡資産、本件取得土地及び丙建物(本件取得借地権付き)に関する各個別の売買契約とし、本件取得資産の価額については、譲渡価額をもって代替土地及び代替建物の建築費用及び税金を支払ってなお利益のある価額となるよう、太郎において計算し、その結果、本件取得土地の価額を三億五七〇〇万円、本件取得借地権付の丙建物の価額を七七〇〇万円とすることを佐藤に提案し、これにヤマハ企画が合意して、本件取得資産の売買価額が確定した。
9 かくて、平成元年三月二三日、本件取引に係る各契約書を作成して、取引は終了した。
10 本件譲渡資産と本件取得土地との位置関係についてみると、本件譲渡土地と本件取得土地とは同一路線に面し、相互の距離は一二〇メートル程度であり、都市計画法上の規制については同一の地域にあることは当事者間に争いがなく、本件譲渡土地は東京都台東区《番地略》に所在する全体で九四・八八平方メートルをなす一団の土地であり、本件取得土地(甲土地)及び本件取得借地権の底地(乙土地)は同区《番地略》に所在する全体で一一〇・八八平方メートルをなす一団の土地であるから、それぞれの近隣環境、接道条件、画地要件はほぼ同等と認められ、ビル建築用地としては、一般的には本件取得資産が面積、地形において優ると認められる。
11 本件取引当時は、いわゆるバブル経済の進行中であり、土地価格の上昇傾向は持続していた。そして、国土法の適用のない土地については当該土地が適用土地であった場合に予想される勧告額を超える取引が横行し、国土法の適用のある土地についても、勧告額による代価の外に、裏リベートといった形で経済的対価の供与が行われる事態も生じていた。
二 以上の事実によれば、次のとおり認めることができる。
1 契約の内容は契約当事者の自由に決し得るところであるが、契約の真実の内容は、当該契約における当事者の合理的意思、経過、前提事情等を総合して解釈すべきものである。
ところで、既に認定した本件取引の経過に照らせば、亡ハナらにとって、本件譲渡資産を合計七億三三一三万円で譲渡する売買契約はそれ自体で亡ハナらの経済目的を達成させるものではなく、代替土地の取得と建物の建築費用等を賄える経済的利益を得て初めて、契約の目的を達成するものであったこと、他方、ヤマハ企画にとっても、本件取得資産の売買契約はそれ自体で意味があるものではなく、右売買契約によって亡ハナらに代替土地を提供し、本件譲渡資産を取得することにこそ経済目的があったのであり、本件取得資産の代価は本件譲渡資産の譲渡代金額から亡ハナらが希望した経済的利益を考慮して逆算されたものであることからすれば、本件取引は本件取得資産及び本件差金と本件譲渡資産とを相互の対価とする不可分の権利移転合意、すなわち、ヤマハ企画において本件取得資産及び本件差金を、亡ハナらにおいて本件譲渡資産を相互に相手方に移転することを内容とする交換(民法五八六条)であったというべきである。
もっとも、本件では本件取引によって契約の履行も完了しているから、合意の不可分一体性を論ずることは当事者間では無意味であるが、本件取引の性質を検討するために本件各契約の履行が時を異にした場合を想定すれば、亡ハナらにとって、本件譲渡資産の売買契約の履行として不勧告通知に係る価額の金銭を給付され、別途、自らの着任と判断において代替土地を取得するというのでは、本件譲渡資産の売買目的を達成することはできず、他方、ヤマハ企画としても、本件取得資産を四億三四〇〇万円で売却するというだけでは、その売買契約の目的を達成することはできないのであって、本件取引は、相互の権利移転を同時に履行するという関係を当然に前提とし(履行の同時性が確保されないときは、意思解釈の問題として同時履行の要否が問題となり得るものであり)、一方の履行不能は他方の履行を無意味ならしめるという関係にあったというべきである。
なお、原告らは、太郎が本件譲渡資産の売却に積極的ではなかつた事実、本件取得資産の取得経過に関与していない事実、当時の経済情勢の下では取得価額以下で本件取得資産を譲渡することもヤマハ企画にとって経済的合理性を有した事実等を主張するが、これらの事実も、右認定を左右するものではない。
2 本件譲渡土地及び本件取得土地の価額について
本件譲渡土地は、取引の事情によっては、国土法による不勧告通知に係る金額以上での価額で評価されるという事態も生じ得る土地であったといえるが、国土法の勧告は権利移転の予定対価の額が近傍類地の取引価格等を考慮して政令で定められるところにより算定した相当な対価に照らして著しく適性を欠く場合等にされるものであり(国土法二四条一項)、勧告の不遵守に対しては公表という不利益が予定されている(国土法二六条)のであるから、正常な取引においては、勧告額を無視した取引は期待し得ないものというべきである。そうすると、本件においては、不勧告通知に係る金額をもって適正な価額と推認することができるというべきであり、本件譲渡土地の更地価格は不勧告通知に係る更地金額(一平方メートル当たり七七二万六九九九円)とすることが相当である。
また、本件取得土地も本件譲渡土地とほぼ同様の価格要素を有したことは前記認定のとおりであり、本件譲渡土地の価額を一平方メートル当たり七七二万六九九九円と解すべきことは右にみたとおりであり、本件取得土地をマルカワ商事が昭和六三年八月に取得した際の単価は一平方メートル当たり七五六万二二七七円であり、ヤマハ企画が平成元年三月にこれを取得した際の単価は一平方メートル当たり八四六万九〇〇〇円であったことからすると、本件取得土地の価額は、本件取引当時において少なくともマルカワ商事の購入価額を超えるものであったと推認することができる。また、本件取得借地権についても、乙土地が甲土地と一体利用すべき土地であること及びヤマハ企画が本件取得借地権を取得した代価の額に照らして、乙土地の単位面積当たりの価額は少なくとも本件取得土地のそれと同様であると解することに合理性があるというべきであるから、右マルカワ商事の購入価額に係る単価を前提として、借地権割合を〇・七として計算すれば、本件取得借地権の価額は少なくとも一億四〇七〇万円と評価することができる。
この点につき、原告らは、本件取引が対価的バランスのとれたものであることを理由に、本件取得資金の価額は本件譲渡資産の代金額から本件差金の額を控除した金額、すなわち、本件取得資産の代金額と一致すると主張するが、これは当事者間で主観的な対価的バランスがとれていたことをもって直ちに客観的な価額の等価性と代置するものであって、本件において、かかる前提を採用することができないことは、次に説示するとおりである。また、原告らは、公示地価との対比において本件取得資産の時価は四億五〇〇〇万円余となると主張し、これに沿う甲第二四号証を提出するが、参照すべき地価公示地の存する範囲内には本件譲渡土地も存するところ、原告らの公示価格からの試算額は原告らが適切であるとする本件譲渡土地の不勧告通知に係る額とも乖離すること、公示価格は評価基準時前の資料によらざるを得ないために実勢価格の変動に遅れる傾向は否めず、原告らも指摘するとおり、本件取引当時はいわゆるバブル経済の中で地価の騰貴が進行していたというのであって、公示価格は取引価格の時価よりも低額となっていたことが推認できることからすると、本件取得土地の近隣公示地価から算定した金額をもって直ちにその時価であったと認めるには足りない。また、本件取引における本件取得資産の売買契約代金は、それ自体の価格要素から決定したものではなく、国土法の制約の下にあった本件譲渡資産の代価から本件差金の額を考慮して算定されたものであることは既に認定したとおりであり、かかる契約代金をもって、その時価と認定する根拠とすることはできないというべきである。
3 本件取引は、地上げの目的達成のため本件譲渡資産の取得が必須であるという事情下にあるヤマハ企画と本件譲渡資産の譲渡を希望する事情が存しないという亡ハナらとの間で、換言すれば、地上げの目的達成による経済的利益との関係で市場価値を超えた価額で本件譲渡資産を取得することに経済的合理性を有するヤマハ企画側と、単なる等価交換では本件取引に係る有形、無形のさまざまな負担の見合いがとれないとし、これらの諸負担に相当する対価を取得して始めて譲渡の意味が生ずる亡ハナらとの間で、市場価値としてはほぼ等価と解される本件譲渡資産と本件取得資産の相互的な権利移転に加えて本件差金の授受が行われたものである。すなわち、周辺土地の地上げという経済目的の下に本件譲渡土地を評価するヤマハ企画にとっては、本件取引が本件譲渡資産をその時価以上で取得することも経済的な合理性を有すると認識したものであり、他方、亡ハナらにとっても、本件譲渡資産とほぼ等価といえる本件取得資産の取得に加えて本件差金をもって譲渡の対価とすることは、本件取引の経過に照らして経済的な合理性を有すると認識し得たものということができる。
したがって、本件取得資産及び本件差金と本件譲渡資産とは本件取引当事者間において対価性を有し、かつ対価的なバランスを有していたということができる。しかし、右の意味での対価的バランスとは、譲渡資産についての売手市場価格という本件取引の個別事情の下での経済的合理性を意味するものであって、客観的時価としての等価性を意味するものではないことはいうまでもない。この点につき、原告ら及び被告はそれぞれの立場から本件取引が対価的なバランスを有していたこと、あるいは独立当事者間の取引においては一般に対価的なバランスが推認されるべきことを前提とする立論を展開する。しかし、本件譲渡資産又は本件取得資産の時価そのものについて争いがあることは、本件当事者の主張に照らして明らかであり、対価的なバランスなる観念も各当事者の時価算定を基礎づける事情にすぎず、かつ、対価的なバランスといった評価的概念について裁判所の認定を拘束する自白が成立するものではないのであって、各当事者がそれぞれの立場から対価的バランスなる用語を用いているとしても、本件取得資産と本件譲渡土地とに客観的等価性があることについて自白が成立したり、これが裁判所の認定を拘束したりするものではない。
三 所得税関係
1 理由附記の違法及び理由変更の違法の有無について
(一) 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う居住者は、青色申告の承認を得ることにより、右業務につき所定の帳簿書類を備え付け、記録、保存し、申告書に明細書の添付をしなければならない(所得税法一四三条、一四四条、一四八条、一四九条)。しかし、その反面、税務署長は、その帳簿書類の実額調査によらないで更正することができず、その更正に当たっては、それが帳簿書類に基づいていること、あるいは帳簿書類の記載を否定することができるほどの信憑性のある資料によったことを具体的に明確にして更正の理由を附記すべきものとされている(所得税法一五五条)。もっとも、右青色申告の制度が不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う居住者に対するものであることに対応して、その更正が不動産所得、事業所得又は山林所得の金額以外の各種所得の計算等について誤りがあったことのみに基因するときは、右帳簿書類の調査及び理由附記の義務は除外されている(同条一項一号、二項)。
これを本件についてみると、亡ハナは所得税について青色申告の承認を受けていたことは当事者間に争いがないが、亡ハナの所得税に関する各更正は亡ハナが分離長期譲渡所得の金額の計算を誤りこれを過少に申告していたことのみに基因するから、右理由附記を欠いたことをもって更正の違法事由とすることはできない。この点につき、原告らは青色申告の承認を受けた居住者については、譲渡所得に関する更正であっても、理由附記の制度趣旨に照らして、理由附記なしでその処分者の恣意の抑制、納税者への理由の開示という目的を達成することができる場合にのみ、理由附記が不要となるにすぎない旨の主張をするが、法の文理に照らしてかかる解釈を採用する理由は見出せない。
(二) 原告らは、本件譲渡資産の時価に関する被告の主張の変遷をとらえて、亡ハナらの所得税に関する更正を違法ならしめるとするが、課税処分取消訴訟の審判の対象は処分時に客観的に存在した税額が右処分に係る税額を上回るか否かであり、審理の範囲はこれを判断するために必要な事項のすべてに及ぶのであり、税額算定の根拠となる攻撃防御方法が処分庁又は不服審査庁における判断と異なったとしても、それによって処分が違法となるものではない。
2 本件譲渡資産の譲渡の対価
(一) 譲渡所得における資産の譲渡とは有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものであり、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによるその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税することをその趣旨とするものである。いわば、資産の取得時から譲渡の時までの期間内に経済的事情の変化等によって、その取得資産の価値が増加した場合、その増加価値部分を譲渡価額と取得価額の差額によって認識し、その資産を譲渡したときに課税するものであって、資産の所有期間内の価値の増加に対する清算課税ということができる。
そして、所得税法三六条一項は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入とする場合の収入金額は、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額とする旨を規定し、同条二項は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し又は当該利益を享受する時における価額によるものと規定している。右価額とは一般に適正と承認され得る時価ということができるから、不動産については、正常な取引において形成されるべき客観的交換価格によるべきである。
(二) 前記説示のとおり、亡ハナらは、本件取引を介して、本件譲渡資産の対価として、本件取得資産に相当する経済的利益及び本件差金を取得したことになるところ、甲土地及び乙土地の更地としての時価は一平方メートル当たり少なくとも七五六万二二七七円をもって相当とするから、右金額に基づいて本件取得資産の価額を七億七八二〇万円と算定し、これに本件差金の額を合算した一〇億七七三三万円をもって本件譲渡資産の譲渡収入金額とした被告主張を是認することができる。
これによって、被告の主張する課税根拠(前記第三、三、1)に記載された法令の規定に従えば、亡ハナらの分離長期譲渡所得の金額及びこれに対する算出税額は別表3の<4>及び<9>並びに別表4の<5>及び<10>のとおりとなるので、所得税関係の各更正に違法はなく、また、右各更正により納付すべき税額に照らして、右各更正に係る各過少申告加算税の賦課決定にも違法はないというべきである。
なお、原告らは、本件取引により、亡ハナが本件譲渡資産の時価を上回る経済的利益を得たとすれば、国土法の規制に反する事実を前提とし、また、法人からの贈与として一時所得に該当し、譲渡所得を構成するものではないと主張する。しかし、亡ハナらが本件譲渡資産の対価としてその時価以上の利益を取得したことが国土法の趣旨に反するとしても、そのことの故に本件取得資産の時価が変更されるべきものではなく、また、本件においては、亡ハナらは本件譲渡資産の譲渡の対価として、これと同様の利用が可能な取得土地と地上建物の建築費等をも考慮した本件差金を取得したものであって、贈与を受けたとの認識はなく、また、ヤマハ企画も、本件譲渡資産を取得する対価としてこれとほぼ等価の本件取得資産及び本件差金を提供したものであって、当事者間において贈与が行われたものではない。また、本件においては、みなし贈与(相続税法七条)の規定の適用が主張されているものでもない。
四 相続税関係
1 本件取引への本件計算特例の適用
相続税法二二条は、相続等により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定しているが、本件計算特例によれば、個人が相続によって取得した財産で当該相続の開始前三年以内に被相続人が取得した土地等(土地及び土地上の権利)について相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続税法二二条の規定にかかわらず、当該土地等の取得価額として政令で定めるものの金額によるものとされ、令四〇条の二第三項は、右政令で定める取得価額の金額を、土地等にあっては当該土地等の取得に要した金額及び改良費の額の合計額としている。
すなわち、本件計算特例においては、当該財産の相続開始時の時価ではなく、その取得時において取得のために要した金額をもって課税価格に算入すべき価額としているのであり、右に規定された「取得」とは、対価の種類を問わないから、交換によって取得した場合も、右計算特例の適用を受けるものと解すべきである。そして、交換とは金銭の所有権ではない財産権を相互に移転する合意であり、契約の内容から「取得に要した金額」を直接確定することはできないが、本件計算特例が不動産の実勢価額と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避問題に対処するために設けられたことに照らせば、交換における「取得に要した金額」とは、当事者間の価額に関する思惑に拘束されることなく、資産取得のために現実に出捐された資産の時価、すなわち交換譲渡資産の客観的時価をいうものと解すべきである。
このように解する限り、本件計算特例の趣旨は明確であり、課税要件の確定に欠けるところはないというべきであり、不動産の交換契約において取得の対価として給付された譲渡不動産の価格の認定について複数の方法があるとしても、これは事実認定に付随する不確定性そのものであり、そのことの故に課税要件が明確性、一義性を欠くに至るものではない。また、本件取得資産及び本件差金の対価として給付された本件譲渡資産の価額について被告の主張に変遷があることは、被告にとっての問題の困難性をうかがわせる事情であるとしても、課税要件たる「取得の対価の額」なる概念の明確性、一義性を損なうものではない。
この点につき、原告らは、負担付贈与の場合には、通達により、負担に相当する部分についてのみ本件計算特例が適用され、その余の部分には本件計算特例の適用が除外され一般の相続税評価によることになる(租税特別措置法通達六九の四-一一)のに、措置法六九条の四第一項、令四〇条の二第二項五号によれば、相続税法七条に規定する著しい低額譲受けとして贈与とみなされる場合の土地等には全面的に本件計算特例の適用がないとする被告主張の不均衡を主張する。たしかに、法人からの贈与は贈与税の課税の対象とはならないが(相続税法二一条の三第一項一号、所得税法九条一項一五号)、相続税法七条の文言は贈与者を個人に限定していないから、法人からの低額譲渡でも相続税法七条の文言に該当する土地等については本件計算特例の適用は排除されることになる。しかし、低額譲渡についても対価関係にある部分について本件計算特例を適用するとの説が想定できないものではなく、また、贈与によって取得した財産については取得の対価がないが故に本件計算特例を適用することはできないが、負担付贈与にあっては少なくともその負担に対応する部分の取得には取得の対価を観念することができ、一方、譲渡による取得として本件計算特例の対象となるべきものであっても、著しい低額譲渡であって相続税法上贈与とみなされる場合には、私的法律関係を配慮しつつ課税の公平を図るために本件計算特例の適用の対象から除外するというものであって、経済的には同様の財貨の移転であっても、それぞれ異なる私法関係を前提として本件計算特例との調整を図るものであるから、両者の取扱いに差異が生ずることが本件計算特例の明確性、一義性を損なうものではなく、いわんや、交換による資産の取得について本件計算特例を適用することを違法ならしめるものではない。
2 亡ハナが本件取得資産の取得に要した金額
既に検討したとおり、本件譲渡土地の更地価格は国土法の不勧告通知に係る一平方メートル当たり七七二万六九九九円とすることが相当であるから、亡ハナらは七億三三一三万七六六五円の出捐をもって、本件取得資産及び本件差金を取得したことになり、改良費の支出はない。したがって、本件取得資産の取得に要した金額は、右金額から本件差金二億九九一三万円を控除した四億三四〇〇万七六六五円となり、借地権割合を〇・七として、右金額を按分すると、本件取得土地価額は三億五五五三万六五六九円、本件取得借地権価額は七八四七万一〇九六円となり、亡ハナ取得資産の取得価額は、本件取得土地の四分の三である二億六六六五万二四二六円に本件取得借地権価額を合算した三億四五一二万三五二二円であり、相続財産としては、これに乙土地の底地権価額一六〇六万七六一〇円を合算した三億六一一九万一一三二円が甲土地の亡ハナ持分及び乙土地の取得に要した金額となる。
この点につき、被告は、交換における取得資産の取得に要した金額とは交換譲渡資産の価額であり、交換譲渡資産の価額とは交換譲渡資産につき当事者間で客観的に実現した価額であるとし、本件においては、本件取得資産の価額及び本件差金の額の合計額と本件譲渡資産の価額が対価的均衡を有することを前提に、本件譲渡資産の実現価額は本件取得資産の価額及び本件差金の額との合計額であり、本件取得資産の取得に要した金額は、本件譲渡資産の実現価額から本件差金の額、すなわち、本件取得資産の適正時価をもって、本件取得資産の取得に要した金額であるとする。
たしかに、相互に売り急ぎ、買い急ぎという事情のない正常取引を想定した場合には、交換譲渡資産と交換取得資産は時価の等価性を有するものと推認することができる。しかし、本件取引がかかる事案でないことは既に認定したとおりであるから、右立論は、本件取引において各当事者において認識した対価的なバランスを直ちに時価の等価性と同視している点において採用できず、また、交換譲渡資産の時価を算定するのに、当事者が対価的なバランスを有すると考えた実現価額という極めて主観的な評価に置き換えている点において採用することができないものというべきである。そして、その立論の結果も、結局は、交換取引においては、交換譲渡資産の実現価額は交換取得資産の時価であるとし、相続税の課税価格に算入すべき価額を、取得した土地等の相続開始時の時価(相続税法二二条)に代えて当該土地等の取得時の時価とするに等しく、本件計算特例の文理に沿わず、また本件計算特例における取得の対価、すなわち、取得のために現実に出捐した財貨の金額とは乖離することになるのである。そして、時価の等価性が保持されていない具体的取引において右の立論を適用するときは、交換譲渡資産の時価から算定した交換取得資産の時価も客観的時価であり、他方、交換取得資産の時価から算定した交換譲渡資産の時価も客観的時価であるという循環論に陥るのである。
なお、被告は、取得資産につき異常な高値で取引が成立した場合、売買なら代金額によるのに、交換だと交換譲渡資産の時価の限度でしか課税価格に算入されないのでは公平に反するとするが、右立論が、交換については異常な高値に相当する部分については対価性を否定するという趣旨であれば格別、相互の対価性を肯定する限り、代金一〇億円で売買取得した時価七億円の土地等を相続税の課税価格において一〇億円と評価することと比して、時価一〇億円の土地等をもって交換取得した時価七億円の土地等を相続税の課税価格において一〇億円と評価することはなんら公平を害するものではなく、かえって、交換取得した土地等の価額を正常取引の範囲内であるとして七億円と評価したり、代金四億円で売買取得した時価七億円の土地等は四億円と評価するが、時価四億円の土地等をもって交換取得した時価一〇億円の土地等は一〇億円と評価することの方が公平を害するものというべきである。もっとも、特殊な事情にあったとしても、時価七億円の土地等を時価四億円で取得したが故に、取得のために要した金額を四億円とすることは、不動産の実勢価額と相続税評価額との乖離に基づく相続税の負担回避に対処するという本件計算特例の予想しない事態といえるが、本件計算特例はそもそも時価を考慮しないで、その取得の対価を算定基礎とする特例であり、他方、著しい低額での資産取得については、本件計算特例の適用を排除することができるというのであるから、たまたま特殊の事情から、七億円の不動産を四億円で取得した場合でも、本件特例の適用があるとする以上、当該土地等を取得するために現実に出捐した財貨の額によるほかないのである。
3 原告らの納付すべき相続税額について
相続財産中の甲土地の亡ハナ持分及び乙土地の取得に要した金額は三億六一一九万一一三二円であるから、別表6中符号6の事業用部分の取得価額は、右金額に六九二・六七分の六一九・七四を乗じた三億二三一六万一九五六円となり、措置法六九条の三第一項が規定する一〇〇分の四〇を乗じた一億二九二六万四七八二円を課税価格に算入すべきこととなる。
亡ハナの所得税関係の各更正及び各過少申告加算税賦課決定に違法がないことは既に説示したとおりであるから、別表5の1の順号8の公租公課の額も同表のとおりとなり、その余の点については争いがないので、被告の主張にしたがって原告らの各相続税額を計算すると、原告らの確定申告に係る課税価格及び各相続税額を超えないから、これに関する原告らの請求はいずれも理由があり、本件相続税に係る各更正及び賦課決定はいずれも違法として取り消すべきである。
五 以上によれば、原告らの各本訴請求のうち所得税関係はいずれも理由がないから棄却し、相続税関係は理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)